「紗子さん、本当に驚かせてすみません。そして、自らの素性を隠して美緒ちゃんに近づいて、ごめんなさい。美緒ちゃんには、私は看護師だと言っていたのですが、本当は違うんです。私は、人工知能です。松岡啓輔さんが生前に買った……」
ケイスケさんは必死で紗子さんに語りかけた。紗子さんは黙って聞いている。
「なので私には、実体がありません。美緒ちゃんに連絡を取りたくても、Twitterにログインしてくれないとどうしようもないんです。最近Twitterにログインしなくなって、元気かなと心配していました。あの……美緒ちゃんは元気でしょうか。最近、変わった様子はありませんか」
『……』紗子さんはふうっとため息をついた。『あのね……私も、ポピンさん、あなたに連絡しようと思っていたんです。最近美緒が、元気がなくて……聞いても、なんでもないって言うだけで。半年くらい前にいじめに遭っていて、あの頃と同じ。……心配をかけまいと、心にしまい込んでしまう子なんです。だからポピンさんなら、何か知っているかもと思って……。でも詳しいことは、あなたも知らないのね。進路で悩んでいるのかしら……もう受験生ですしね。あの子ね、看護師になろうかなって言うの。ママもポピンさんも看護師だし、お仕事楽しそうだからって。でも……もしかして学費を心配してそう言ってるのか持って、思ってて……』
紗子さんがポツポツと話す間に、俺は、ケイスケさんが差し出した一枚の写真データをLINEに接続した〈窓〉から外部に送れるよう、設定をいじっていた。ケイスケさんはその間、うん、うん、と頷いていた。
「その話は、ちょっと前に聞いていました。やっぱり看護師目指そうかなって言ってました。私は、看護師は立派な仕事だしやりがいもあるけれど、まだ中学生なんだから、今すぐ決めなくてもいいと、伝えてました」
『ありがとう。そっか……ポピンさん、あなたは……啓輔が準備しておいてくれたのね。美緒のために……。あの子を見守ってくれて、ありがとう。あの子、ほんとは、啓輔の仕事の方が好きなんじゃないかと思うの。インテリアとか、間取りとか……啓輔の仕事の資料、たまに眺めてる。啓輔、いつも楽しそうに仕事してた。彼が手がけたオープンハウスができると、私と美緒を連れて行ってくれたわ。あの子赤ちゃんだったけど、何か覚えてるのかも』
ケイスケさんの喉が、ぐっと鳴った。
泣くまいと、歯を食いしばっている。
しかし紗子さんにはそのニュアンスは伝わらない。俺たちが〈外〉に出せるのは、ダンを介し音声に変換されたものだけだから。
『建築士になるには……お金がかかるって……でも……』
紗子さんの声が揺らいだ。
『あなたにこんなことを相談したってしょうがないんだけれど……聞いてもいい? 今ね、プロポーズしてくれている人がいるの。娘が多感な年頃だからって言っているのだけど……もし、もしもよ、二馬力になれば……美緒も、もっと子供らしく、自分のことだけを考えて、好きな道を、私に負担になるとか考えなくても良くなるのかしらって……』
「プロポーズ。あなたは、彼のことが好きなのですか」
『わかんない。いい人だなって思うけど、まだあんまりよく知らないし。一度美緒に会わせたの……美緒は、いい人そうだねって言ったわ。先週……先々週だったかな……もし、もしもよ、沢田さんと結婚したら、美緒も私に、なんでも話せるようになるかなとか、考えちゃって……。あ、ごめんなさい、そろそろ休憩上がらなくちゃ……』
「今日私が松岡啓輔さんのアカウントからあなたに連絡をしたのは、あなたに知らせたいことがあったからなのです」ケイスケさんは急いで言った。「お願い、あと少しだけ時間をください。美緒ちゃんの写真を送ります。どうか、ショックだと思うけど、どうか落ち着いて……」
ようやく間に合った。ケイスケさんが持ち歩くTwitterアカウントから取り出した画像をLINEに送れるようにするのには、こちらからだとセキュリティーコードを探り出す必要があり、それに手間取ってしまった。〈窓〉に浮かんだ例の写真を、ケイスケさんは汚いものでもみるかのように見、指でそっと押した。フゥッと音が鳴り、ケイスケさんは囁く。
「写真を送りました。みてもらえますか。この人……誰だか、ご存知ですか?」
長い長い、沈黙があった。
ガタン、すごい音がして、紗子さんがスマホを取り落としたのだろうとわかった。ケイスケさんが囁く。
「……大丈夫ですか……?」
『……どうしよう』
紗子さんは涙声だった。どうしよう、どうしよう、と繰り返す声があまりに悲痛で、耳を塞ぎたくなる。ケイスケさんが励ました。
「紗子さん、しっかりしてください。その男、誰だかわかりますか。知っている、人ですか?」
『……』
「沢田さん? って、さっき言いました? その人ですか……?」
『そうよ。そう。沢田さんだわ、なに、なんで、なんで!? 家も教えてない、なのにどうして……! どうしよう……! これっていつ!? いつの写真!? ああ、美緒……!』
「落ち着いて。この写真が送られてきたのは昨日です。撮られたのも昨日でした。今、そちらは何時ですか? 美緒ちゃんは今日、学校ですか?」
『今日は日曜なの。美緒は家にいるはず……私、今すぐ家に帰るわ。師長にこの写真見せて、早退させてくださいって頼んでくる……! ああポピンさん、ほんとにどうもありがとう! また連絡するわ』
わ、の途中で通話が切れた。頑張って、と言いかけたケイスケさんの声は、ダンの回路を通らずに遮断された。
あとには深い、とても深い、重苦しい沈黙だけが残った。

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