初日 日勤(4)

   *

 休憩を取りつつ浄化作業を続け、日が暮れる頃に今日の作業が終わった。

 三日月湖のほとりをぐるりと周るコースで、進んだ距離はおよそ一キロ。浄化した木は百二本。一番初めの研修初日の体たらくを思い出せば、かなり効率よく進めるようになったと言えるが、残りの森の広大さを考えるとやはりどうしても気が滅入る。

 司令部で報告した時に見た、ヒルデとランドの進んだ距離の長さが、こちらの二倍近いと言う事実にもかなり落ち込む。

「よく頑張ったわよ。毎日毎日ほんと偉いわ」

 ヒルデが労ってくれ、マリアラはへへへ、と笑う。笑う以外にどうしようもない。ヒルデはマリアラよりずっとベテランで、魔力も強いのだ。比べて落ち込むなんて建設的とは言えない。
 もの悲しい気分になるのは、疲れているからだ、と自分に言い聞かせる。

「明日は当番日よね。フェルド、今日のペース配分はかなりうまくいったようだけど、明日は今日よりもう少しペースを抑えた方がいいわ。南大島の休憩所は快適だけど、当番日だとどうしても、熟睡できないものなのよ」
「わかった」
「マリアラ、自分のペースを把握するのは本当に大事なことよ。よく頑張ったわ。明日に備えて、早く寝なさいね」
「はい……そうします」
「もう、そろそろ敬語やめてよ」ヒルデは笑って、フェルドと同じことを言った。「ラクエルは皆で一つの家族みたいな感じなの。仲良くなりたいな!」
「わっ、わたしも!」

 声を上げるとヒルデは笑う。マリアラもつられて笑った。ヒルデは本当に優しい。もの悲しい気分がふっと和らぐ。“家族”になる人たちが、優しい人ばかりだなんて、なんて運が良かったんだろう。

「それじゃあね、気をつけて帰るのよ」
「【魔女ビル】に着くまでが仕事だぞ」

 ヒルデとランドに見送られ、マリアラは手を振ってミフに乗った。ヒルデたちは今日が当番日だ。いつでも出動できるよう、制服を着たままで、南大島の休憩所で一夜を明かす。
 フェルドも続いて飛んできた。暗い森の向こうに海が見え、その向こうにネオンが浮かんでいる。エスメラルダ大学校国は海に突き出した半島だ。ここから見ると、きらきら光る島が水面に浮かんでいるように見える。足元には南大島の市街地がある。作業を終えた保護局員や魔女たちが帰り支度を始めているのが見える。

「あ――ごめん、ちょっと、ちょっとだけ待ってて」

 フェルドが言い、市街地に戻っていった。誰かを見つけたのだろうか――
 と。
 そこに、黒い長い髪を持つ、とても美しい少女がいた。

 ――すごい、綺麗な子。

 彼女は歩いている途中だったが、フェルドの呼びかけに気づいて顔を上げた。レイエルだ、と一目でわかる、独特な雰囲気だった。正に水のように静謐で、透明な印象だ。目が黒々と大きくて、睫が長い。何より素敵なのはその黒髪だ。まるで夜の水面のよう。
 目が合った。彼女は微笑んで、軽く会釈をした。そこにフェルドがたどり着いた。一言、二言、言葉を交わす。フェルドが何かを訊ね、彼女が何か答えている。仲が良さそうだ。

 ――もしかして、恋人同士だったり?

 思い至って、納得した。あり得る。とってもお似合いだ。
 会話はすぐに終わった。フェルドは礼を言い、再び箒に乗った。彼女の方はまたマリアラを見て、手を振ってくれた。振り返しながらマリアラは、ダリアにアドバイスをもらいたい――と思った。

 恋人に相棒ができたら、普通、どういう感情を抱くものなのだろう。

 もしフェルドがマリアラの相棒に決まったら、彼女はどう思うだろう。嫌な気持ちになるだろうか。それは避けたいな、とぼんやり思った。レイエルの彼女はとても優しそうで、友達になれそうな気がしたから。

「ごめん、お待たせ」

 フェルドがすぐに飛んできた。彼女の方はもう背を向けて、歩き出していた。長い黒髪がさらさら揺れる。本当に綺麗な人だ、とマリアラは思う。

「あの人、レイエルですか――じゃなくて、えっと、レイエル?」
 訊ねるとフェルドは頷いた。「そう。ミランダ=レイエル・マヌエル」
「優しそうな子。年上かな?」
「どうだったかな。一コくらい上かもね。大抵医局にいるから、暇なとき行ってみれば?」

 いい奴だからね、とフェルドは言った。そうだろうと考えて、マリアラは嬉しくなった。同じ年頃の少女はラクエルの中にはいないけれど、レイエルやイリエルの中にはいるはずだ。初めての魔女の友達が、できるかもしれない。

   *

 魔女が帰った。それを確認して、少年はため息をついた。
 自分が何を望んでいるのか、よくわからない。魔女は敵だ。もちろんそうだ。魔女と話をするなんてとんでもない。それは重大な、裏切り行為だ。

 でも魔女は、森を浄化している。
 そして――傷を癒やす力を持っている。

 初めて見たときから気になっていた。たぶん、大人じゃないからだろう。制服を着ていたが、属しているのは大人ではなく、どちらかと言えば子供側ではないだろうか。他の魔女は入れ替わり立ち替わり顔ぶれが変わるのに、あの魔女だけはどうした理由か、二週間ほど続けて同じ仕事に携わっているらしい。

 おとなしそうな魔女だった。まだとても若い。優しそう――というよりむしろ、人が好さそう。真面目そうだし、善良そうだし、詐欺かなんかにすぐ引っかかりそうだ。魔女の力を借りるのは裏切り行為でも、騙すのはありだろうか。気づいて少年は思わず、立ち上がった。

 力を借りるんじゃない。
 騙して利用すればいい。

 ちくりと良心が疼いたが、少年はすぐに頭を振った。

 相手は魔女だ。――利用して、何が悪い?

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