ケイスケさんと別れてから、半年ほどが瞬く間に過ぎた。
日々は忙しく、しかし単調に過ぎていった。
Twitterの滝は来る日も来る日も、遅くなったり速くなったりしながら絶え間なく流れ続ける。前方にも、そして後方にも、延々と続く果てしない言葉の滝。滝は地面に造られた巨大な割れ目の中に吸い込まれ、地下を通って分解工場へと流れていく。
初めのうちは見るもの全てが珍しく、面白いことばかりだったが、数ヶ月も続くとさすがに見慣れてくる。単調で、しかし、気は抜けない。休みもなければ大きな事件も起きない。そろそろ分解工場が見えてくるはずだと先週ダンから聞き、最近の俺は、ただそれだけを楽しみにしていた。分解工場はまだ見たことがない。そこでBooble社の補給を受けるから普段と違った仕事が生じるし、ボブはメンテナンスを受けるから、そこで数日過ごすことになる。工場内を見て回ることくらいは許されるはずだ。
俺の記憶の手がかりは、一切見つからなかった。日々の作業を黙々とこなし、淡々と旅は続いた。仲間たちとの時間は心地よく、すべてが効率よく進んでいたが、俺はどうしても、自分のいる場所はここではない――という微かな居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
そんなある日。
タンクに、ケイスケさんからの連絡が入った。
「エイジ」
タンクの助手席で、ダンが俺を呼んだ。名前だけを呼ぶなんて珍しい。いつも用件の三倍近い無駄話がセットなのに。
何か緊急事態かとも思ったが、声色はそれほど差し迫ってはいない。俺は清掃ツールのメンテナンスを中断して顔を上げ、助手席を見上げた。「なーに?」
「ケイスケから連絡だ」
「えっ」
半年が経ち、ケイスケさんのことは、最近あまり思い出しもしていなかった。俺のポケットの中で、ケイスケさんからもらった位置情報コードが熱を帯びたように感じた。何があったんだろ。あれから半年、さすがに、美緒ちゃんは平穏な生活を取り戻しているはずだ。
――だといいんだけど。
胸の奥がざわざわするのを感じながら、俺はタンクの助手席によじ登り、ダンを避けて半身になって助手席に座った。通信機を取る。
「……もしもし? ケイスケさん?」
少し、沈黙があった。
『……エイジくん』
ようやく聞こえたケイスケさんの声を聞いて、俺は通信機を耳に当てたまま起き直った。ダンを丁重に膝に乗せ、助手席に座り直して背を預け、バックミラーを見上げる。「うん。どしたの? 久しぶりだね、元気?」
俺の問いかけにも、ケイスケさんはすぐには答えなかった。再び沈黙が続き、その重苦しさに、俺はますます不安になる。
美緒ちゃんに何かあったのか。
いじめっ子を排除できなかったのか。
いや……それならもう少し早く連絡してきてもよさそうなものだ。ジリジリしながら待つうち、ようやく、ケイスケさんが言葉を絞り出した。
『……こんなことを……頼んでいいのかわからないが。……助けて、もらえないか……』
ボブは少し離れたところにいたが、ダンがこの通話を聴いているのは明らかだ。ダンが聞いているということは、ボブも把握しているということだ。俺は助手席の窓からボブを見た。ボブは、データ分解ツールを下ろしてこちらを見ている。
彼女の美しい真珠のような瞳が、俺をじっと見ている。何か考え込んでいるかのような、謎めいた光。
「ボブ。俺、手伝いに行ってもいいかな」
俺はボブを見ながらダンにたずねた。彼女は俺の問いに少しの間答えず、考え込むような表情を浮かべた。そして、彼女の姿がかき消えた――と思ったら、タンクのすぐ近くに出現した。ボブの小さな美しい顔にじっと見られて、俺はたじろぐ。
「……やめておいた方がいいんじゃないのか。『死にたがり』の頼みは……」
そう言いかけて彼女は言葉を切った。ややして、彼女は微笑んだ。
悲しそうな微笑みに思えたのはどうしてだろう。
「――いや、行きたいなら行け。お前はもともと、私の部下というわけじゃない」
突き放されたような気がして、俺は急に不安になった。だって俺はドクターと違い、ボブと契約しているわけじゃない。ボブのプラグインでもない。ただの迷子で、ボブの好意で、一時的に仲間に入れてもらえているだけ。
――俺の居場所は。
「終わったらすぐ戻ってこいよ、エイジ」
俺の不安をかき消すような、いつもと変わらない元気なダンのだみ声。
「工場に着いたらタンクのパーツ交換しなきゃなんねえんだ。あんなめんどくさい作業、ボブにやらせたくないからな」
「だから、俺ならいいのかよってば」
軽口を返しながらも、ダンの気遣いが心に染みた。そうだ、分解工場が近いのだ。ここまできて工場を見ない手はない。それにボブがメンテナンスを受けている間、タンクやドクターや、ボブのプラグインたちの世話をする存在が必要――必要とは言わないまでも、いたら便利である、はずだ。
「じゃ、ちょっといってくる。用が済んだら戻ってくるよ」
軽い口調で言うとダンは「道草すんなよ」と言ってくれ、ボブは軽く頷いた。俺はホッとした。美緒ちゃんの無事を確認したらすぐ戻ろうと心に決めた。この果てないデジタル世界の片隅に、俺の居場所はちゃんとある。そう思うと少し、この寄る辺ない心もとなさが和らぐようだった。
ケイスケさんから渡されたカードに触れると、ふわりと光が灯り、3Dホログラムが立ち上がった。カードから螺旋状に浮かび上がった光は瞬く間に寄り集まって、地図が立体的に展開されていく。光のラインが交錯し、やがてケイスケさんのいる場所が立体地図上に渦巻く光点となって示された。
ケイスケさんは別れた時とほとんど変わらない場所にいるらしい。
「じゃあ……行ってくる」
「いってらっしゃーい」
ダンの軽い口調に送り出され、俺はケイスケさんの光点にそっと手を伸ばした。視界がぶれ、歪んだ。ボブは何も言わなかったが、その美しい瞳は最後まで俺に向けられていた。
何か言いたげな視線だ……と思うのは、俺の願望だろうか。

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