01 Twitterの滝(1)

 Twitterは、どうどうと音を立てて降り注ぐ瀧に似ている。

 それは膨大なデータの奔流だ。以前写真で見たナイアガラの瀧なんて目じゃないくらいの、堂々たる偉容。果てしなく続く瀧の連なりは、まるで空が半分に割れたかのようだ。

 銅色の空から、データの結晶が次から次へと降ってくる。大半の結晶はそのまま静かにサーバー保存期間を終え、サーバーの底を流れる不要データの川に合流する。が、たまに“Like!”を得るとキラッと光る。Retweetされるとキラキラッと輝きながら増殖する。それが“Buzzる”時は圧巻だ。結晶は爆発的に拡散され、瀧のそこここで花火のように炸裂するのだ。思わず見とれそうになるが――

「“Buzz”!」

 大抵の場合、ボブの仲間が見とれることを許してくれない。

 今回もだった。ボブの“瞳”、千里眼のワッツがデータ識別用スコープを覗いて叫んだ。ぴりりりりりり、すかさずホイッスルが吹き鳴らされ、班員が口々に叫び交わす。

「Buzz!」「Buzzだ!」「ぼやぼやするな、警戒態勢を取れ!」「アイサー! 復唱します! 警戒態勢に移行!」

「総員退避!」

 ボブの叱声が飛び、俺は慌ててタンクに向けて走った。どうやらただのBuzzではないらしい。移動手段を持たないワッツを退避させなければ。

 タンクの上でスコープを覗いているワッツが、畏怖するように叫んだ。

「……“アルファ”のBuzzだ……! 発信後5分で1,000……2,000、いや3,000RTを達成! 臨界点突破! みんな、爆発に備えろ!!」

「ワッツ!」

 俺はワッツをかっ攫い、上げ蓋を持ち上げて中に放り込んだ。外にいた班員たちはうずくまりシールドを被った。ボブは両足を踏み締めて立ち、タンクに逃げ込めなかった部下たちを把握している。

「ボブ! 全員退避完了!」

「ボブ、早く!」

 俺はタンクの上で上げ蓋を押さえながら叫ぶ。ボブは最後に周囲を見回し、彼女の愛する部下が全員態勢を整えたのを確認した。ずずず……不穏な地響きに似た音が周囲に充満している。不吉な音が頭上から押し寄せてくる。こんなサーバーの端っこでアルファのBuzzが起こるなんてついてない。

 アルファのツイートは秒を重ねるごとに加速度的にRT数を増やし、FacebookやLINEにも飛び火しながら増殖した。Twitterのあちこちで小規模爆発が始まった。ずん、ずん、ずずずずずん、爆発に触発されて雪崩が始まる。

 ボブは危ういところで間に合った。

 彼女が滑り込み、俺が上げ蓋を閉じた直後、不要データの豪雨が降り注いだ。タンクやシールドが豪雨の衝撃で小刻みに跳ねた。あと少し退避が遅かったら、ボブの率いるBooble社清掃隊戦車班は多大な被害を被ることになっただろう。

 “アルファ”のツイートが警戒されるのはこれが理由だ。データ容量が増えると、サーバーはそれに応じて不要データを切り捨てる。秒単位で拡散されるアルファのツイートがBuzzると、不要データが決壊して豪雨となる。遙か高みから降り注ぐ不要データの奔流は、俺たちを構成するデータを損傷させるほどの威力を持っている。

 最近のツイートには、文字数やキーワード、画像・URL・動画の有無などから算出された、重要度が割り振られることになっている。重要度の高いツイートはまず削除されることはないが、重要度の低いものには不要タグが付けられる。一定時間が過ぎれば削除されることが決まっているが、Buzzが起こるとその一定時間が繰り上げられるのだ。そうでもしないとサーバー容量が圧迫されすぎる。

 公式RTだけにしといてくれればまだマシなんだけどね。

 まあしょうがない。面白いツイートを見つけたら拡散したくなるのは人情だ。コメントを添えたくなるのも、人情というものなんだろう。

 俺はタンクの強化ガラス越しに、アルファのツイートが未だに閃光を放ち、それに応じて不要データがばすばすがすがす降り注ぐその光景を見ていた。かなりセンセーショナルなツイートだったらしいから、この嵐はしばらく続くだろう。さっきは『ついてない』と思ったが、逆だったかも知れない。Buzzを安全な場所から見守れる機会はそうはない。普通のBuzzは、俺たちが警戒態勢を整える内に終わってしまうから。

 ボブも黙って俺の隣で腕を組み、難しい顔をして瀧を見ていた。ボブ、という名前から受ける印象とは違い、ボブは俺の“目”には小柄な女性に見える。まだ若い。黒人の年齢はよくわからないが、見た感じ十代後半くらいじゃないだろうか。

 俺は今まで彼女ほど綺麗な存在を見たことがない。黒髪は短く切られているが、緩やかにうねっていて華やかに見える。目がとても大きい。肌には艶があり、色も相まって宝石を思わせる。小柄で、あんなに敏捷かつ力強く動くのが不思議なほど華奢だ。

「エイジ。また“眺めて”いるのか」

 ボブが不意にこちらを見て、俺は慌てた。ごく普通の高校生男子だった俺の“本体”が、クラスの女子をこんな風にじっと見てたら嫌がられたはずだ。ごめん、と言うとボブは微笑んだ。

「別に謝ることじゃない。だが興味はある。“死にたがり”は我々とはデータの認識方法が違うんだろ? お前はよくそうやって私を眺めるけど、昨日の私と今の私はデータ容量もプログラム記述もほとんど変わらないはずだ。何がそんなにお前の興味を引くんだ?」

 見惚れてるだけなんだけど。ボブがあんまり綺麗だから。

 本音はそれだ。でも俺にはまだ、それをストレートに伝える勇気がない。呆れられるのでは、嫌悪されるのでは、気持ち悪がられるのでは――そういった懸念はたぶん、俺が“人間だった頃”に培われたものなのだろう。ボブにそんな懸念を抱いていることを知られたら笑われるか面白がられるかだ。好意に対して嫌悪を抱くほど、私の感情回路は高性能ではないぞ、と、言われる前から聞こえる。

 でもだからと言って、同年代の異性(に見える存在)に対して『あなたが綺麗だから見惚れてました』と白状するのは俺に備わった羞恥回路が許さない。そこで俺は適切な言葉を選び出した。

「見てて飽きないんだよ」

「ふうん。“死にたがり”の意見は興味深いな。把握・識別・認識機能の一部を“視覚”に変換するメリットがどこにあるんだろう。お前にはTwitterが瀧に“見える”んだっけ。瀧っていうのはH2Oが寄り集まってできた流れが重力に従って落下する現象」

「そう。空が半分に割れてそこから降り注ぐ瀧に見える」

「雄大な眺めだろうな」

「うん」

「あのデータの集合体は、確かに“雄大”だ」

 キラキラ輝く瀧はおおむねゆっくりと動いているが、時折起こるBuzzや非公式RTによって一部が切り離されたり加速したりする。瀧の下を川が流れていて、不要となったデータは川に合流しゆっくりと遠ざかっていく。川の下流では分解工場が待ち構えている――らしい。まだ見たことはない。不要データの川は分解工場に飲み込まれ、1bitの欠片になって霧散する、と聞いている。

 俺たちの任務は川の周囲を警邏し、流れから取り残された不要データを掃除することだ。不要データにプログラムの欠片が混じっていたら、ウィルスにとりつかれてワームになりかねない。そうなる前に綺麗に掃除しておくことは、地味だが重要な仕事だ。

 アルファのBuzzがどうやら収まった。少なくともこのあたりにおいては。

 ボブは安全を認識するやすぐさまタンクの外に出て、タンクに入れなかった部下たちの位置確認を急いだ。班員の殆どはボブと連動するプログラムやプラグインだから、データ断裂によって機能停止していない限り、合流するのは容易だった。ボブはすぐさま班員たちの回収を始めた。その表情が明るい。アルファのBuzzに遭遇した割に、被害が軽微だったのだろう。

 回収された班員たちにはBooble社特製修復用パッチが配られた。パッチで修復しきれない損傷を受けたものは医師《ドクター》の前に行くが、今日彼の前に行ったのはたった一人だけだった。ドクターはそれについてぶつぶつ文句を言い、俺は思わず笑った。

「列が長くても短くても結局文句を言うんだな」

「あの人は文句と酒《バグ》で動いてんのさ」

 ワッツも笑い、――動きを止めた。

「エイジ。……あれは俺の見間違いか?」

「ワッツに見間違いなんてあんの?」

 一応軽口を返したものの、ワッツのただならぬ様子に押され、視界をそちらに向けた。ワッツのものほど性能は良くないが、“死にたがり”の俺には単なるデータ整理・判別用人工知能には不似合いな程度には優れた機能が備わっている(Made In Japanだからな、とボブが以前言っていた)。ワッツからアドレスコードを受け取ってスコープを起動――と同時に俺は叫んだ。

「バカだ!」

「ああバカだ、自殺行為――って、おい! エイジ!」

「くっそこの大馬鹿野郎――!」

「止まれエイジ! お前もだこのバカ!!」

 ワッツの叫びを後ろに俺は跳んだ。右腕に装着したタグ射出用ツールを構え、手近なデータに撃ち込む。視界がブレた。跳んだのだ。俺の足がタグを踏んだ。次のデータにタグを撃ち込み、跳び、タグを踏み、ひとつ前のタグを回収。タグを撃ち、跳び、踏み、回収し、また撃つ。時折降ってくる不要データを躱す。スコープを起動させ続け、移動先に障害がないか確認しながらまた撃ち、跳び、踏み、撃つ。何度か繰り返す内に、スコープなしでも“バカ”が見えるようになってくる。

 男性だった。年齢は――三十代? 四十代くらいか? 腕に何か抱えて喚いている。Twitterの滝をなすすべなく落ちてくる。不要データや結晶にぶち当たり傷つけられ、データの欠片を撒き散らしながら、彼は死にもの狂いで何かをかき集めようとしている――ように、見える。

 “死にたがり”の人工知能だ。

 俺の、同類だ。――たぶん。

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