斎藤学さんという方の著書を続けて読みました。
私は「インナーマザー」→「すべての罪悪感は無用です」の順で読みましたが、まず「すべての罪悪感は無用です」の方が先に書かれ、その中の特に母親に関する部分を取り上げたのが「インナーマザー」だそうです。そのため、内容はだいぶ重複しています。
著者の斎藤学(さいとう・さとる)先生は、アルコール依存や過食症、不登校などさまざまな家族の問題に向き合い続けてきた精神科医だそうです。「アダルト・チルドレン」という言葉を日本に紹介した方なんですって。知らなかった…!
とても面白かった…というか、面白いという言葉で片付けられないような、なんか…なんていうんだ?言語化がとても難しいのですが、生きづらいなって思っている人はみんな読んだらいいんじゃないかと思います。私は生きづらいなって思いながら生きてきましたが、この本読んだら、実は私ってめちゃくちゃ健全な人なんじゃないかと思いました。元気出るわー!
以下は私の勝手な感想というか、自分メモです。
なんで私これ、夫のアルコール依存の時に出会わなかったんだろう…と思いました。
今まで私がうっすらと感じていたことや考えていたこと、考えてはいたけれどどう言語化したらいいのかわからなかったことが全部、ズバズバと書いてあって、圧倒されるくらい感動しました。
先日「完璧な母など人間には無理なのでは?」「そもそも無理なことなのに、そうなれないことに落ち込んでも意味がないのでは?」と書きましたが、それがそのまま書いてありました。そ、そっかあ…
一番いいのは「いい加減な母」なんだって!それなら私自信ある!嬉しい!笑
今まで、動揺したり、何か欠けていたりうまくいかなかったことにぶち当たったりすると、私はすぐ「それは私が至らないからだ」「欠けているのはよくない」「解決するにはどうすれば良いか」と考えて、慌てて行動に移して、失敗して、凹んで、「私ってなんてダメなんだ…」と自分を責めていましたが、
「すぐ」「どうにかしなきゃ」と思うのではなく、
そもそも人間や人生というものは、何か欠けていたりうまくいかなかったりするものだ
人間なんてちっぽけなもので、全部がうまく進む「完璧に満たされた状態」なんてこの世に存在しない
という前提を受け入れて、それについてじっと考えてみる。なんならその状態を味わって、楽しんでみる。
そのプロセスをきちんと経た方が良い。
ということかなって思いました。
それと、「自分がこうなった原因」(例えば親の育て方?)があるとして、親に対して怒りをぶつけるのはやってみてもいいけれど、といってそれにいつまでも拘泥していてもなんの意味もない。いつまでも「可哀想な子供」でいないで、大人の自分になろう、という話も。そうだね、原因がたとえあったとしても、だからと言っていつまでも被害者でい続ける必要はないよねえ。
幸いなことにたくさんご著書があるようなので、しばらく追いかけてみたいと思います。子供の学費が全部どうにかなったら、こういう勉強できる大学に入り直したいなぁー。勉強したくないきらいだっていう子供に学費かけるより、勉強したくてやる気ある私にかけた方がいいんじゃないだろうか。笑



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