アルコール依存の夫のことで、私はずいぶん振り回されてきました。
受験生への影響、飲酒運転ヘの不安、どんどん悪化していく症状に耐えかねて、
自分で家から追い出したくせに、
子供たちが夫を拒絶することが、悲しくてたまらない。
と言って、夫が家に帰ってくることを考えるだけで体調が悪くなり、
夫がバイクの充電や忘れ物を取りに来たいとLINEしてくるたびに、
頭痛と嫌悪感が沸き起こってくる。
我ながら矛盾しています。
この記事は前回の続きです
体調もなかなかよくなりませんでした。
メンタルクリニックに行って、身体症状を抑える薬を出していただいて、
動悸や頭痛はずいぶん治まりましたが、
毎日毎日夫のことを考えて、
怒ったり苦しかったり、罪悪感にさいなまれたり、
悲しくて泣いたりと、不安定な日々を過ごしました。
「いつか会えるはずだった夫」の死
私は昔から、問題にぶち当たると関連の本を読む、という癖があります。
でもめまいとか集中力とかが落ちていて、新しい情報を入れるのがきつくて、
大好きな斎藤学先生の、「すべての罪悪感は不要です」を再読したりしていて。
そんな折、職場のボスに勧められて、オーディブルを始めました。
これが本当にありがたかったです。
文字を読むのはつらくても、通勤時間に聞くのはできます。
(電車の中で泣いちゃったりして困りましたが)
哲学関係の本をいろいろと聞きました。
特にこれが良かった!続編も聞いたし、書籍でも買いました。
あとこれも良かったです↓
夫と離れた時間のおかげか、哲学(特にアドラー心理学)のおかげか、
そして本当にたくさんの方に話を聞いていただいたおかげか、
少し自分の心が整理されて。
ようやく少し、『夫の味方がいないことが悲しい』と
私が感じた理由がわかってきたような気がします。
結局私は、実は、夫のことが大好きだったんです。
というか、なんていうかな、
「アルコール問題がなくなったらいつか戻ってくるはずの夫」のことが、
ほんとにほんとに好きだったんです。
その夫は、
子供の頑張りを一緒に応援してくれて、
成長を一緒に喜んでくれて、
別に大金持ちじゃなくて良くて、
家族のためにしっかり働いてくれる人。
大河ドラマとかお笑い番組とかを一緒に見て、
面白かったねとか話して、
好きになったお笑い芸人の情報を見つけては報告しあったりして。
私よりずっと芸能ニュースに詳しく、
テレビで見かけた俳優さんの豆知識なんかを教えてくれて、
たまに一緒に買い物とかして、
ご飯を一緒に作ったり食べたりできる人。
怒鳴ったり物を壊したり、
警察沙汰を起こしたりしないで、
小さな子供と出かけるときには自分を律することができ、
まともな判断力を持っていて、
もちろん飲酒運転などしなくて、
子育てのことや進路のことを一緒に考えてくれて、
一緒にいて安心できる人。
結婚当初や、2022年ごろに、私のそばに確かにいた人です。
私はずっと、その人にまた会って、一緒に生活したいと思っていたんです。
だから、お酒をやめてほしいと思っていたし、
お酒をやめ続ける限り、一緒に頑張ろうと思ってきました。
見捨てることに罪悪感があるのは、その人を諦めたくなかったからです。
今はちょっと病気だけど、治ったらまた会えるはず。
私が諦めたら、その人には二度と会えなくなってしまう。
でもきっと、私だけがどんなに望んでもダメなんです。
夫自身が決意と覚悟を持たないとダメなんです。
「あの人」に会いたいのは私の勝手であって、
夫には、「あの人」で居続けるのが、荷が重かったんでしょう。
だったら私にはもう、どうしようもできない。
お酒を飲み続ける自分でいい、と思ったのは夫で、
夫を変えることは、私には無理です。
だからもう、「いつか会えるはずだった夫」のことは諦めよう。
あの人はもう死んだんだ。弔いをしなければならないんだ。
そう思ったら、なんかね…すごく腑に落ちたんですよね。
そうか、私、夫のことが好きだったんだ…って。
諦めなければいけないってわかっているのに、諦められないくらい、
大好きだったんだなあ、って。
死んだんだ、もうしょうがないんだ、と思うと、
今でもまだ涙が出ます。
バカみたいだけど、ほんとに好きだったんです。
それがわかるころに、受験の終わりが近づいて。
私は義父に連絡して、
「受験が終わっても、再度の同居は無理です。
どうかこのまま、夫を実家にいさせてください。
こちらには帰さないでください」
と、お願いしました。
義父は、「わかった。こちらはいつまででも構わないよ」と言ってくれました。
受験が終わって、次男は
受験が終わった日は、はま寿司で慰労会をしました。
さすがにその日に話すことはしませんでした。
一日くらい、のびのびしたらいいよね。
で、次の日かな。次男が落ち着いている時間を見計らって、
実は父ちゃんが実家に帰っているのは、仕事のためじゃないんです、と言いました。

「いやうすうすそうだろうなとは思っていたけど…
おばあちゃんかおじいちゃんが具合悪いのかなとかって思っていた」
まあそりゃそうよね。隣の市なんだし、
都内に出る時間だってそれほど変わらないのに、
仕事のためって言い訳は我ながら苦しかった。笑
父ちゃんはまたお酒を飲んでしまっている、
だから受験生であるあなたを騒がせたくなかった。
動揺させて、次男が、自分の力を出し切れないような事態だけは避けたかった。
だから黙っていてごめん。
そして、受験は終わったけど、それでも母ちゃんはもう、父ちゃんと一緒に住むことはできない。
そう伝えると、次男は「わかった」と言いました。
でも次男は、野球で夫と関わる時間が長かったからか、
夫のことは嫌いじゃないみたいで、
「お酒を辞められたら、いつか帰ってこられたらいいね」と言いました。
「あのね、次男は怒っていいんだよ。
俺にあんなことしたくせになんでやめらんねーんだよ!って
いっていいと私は思うよ」
そう言いましたが、まだあまりピンときていない様子…
周りが先に怒ってしまったから、乗り遅れてしまいましたかねえ…
ともあれ子育てって、関わった時間とか、
どれだけ子供のために心を砕いたか、
自分ではなく子供のしたいことに、どれだけ付き合ったか、
そういう答え合わせが、反抗期が終わったころに来るものなんだな。
ということがよくわかりました。
長女と長男は「父ちゃんのことはもうどうでもいい」と言いましたが、
次男だけは、夫のことを気にかけてくれる。
夫にも、そういう子が一人でもいてよかったな、って思いました。
中学の卒業式にも来てほしいと次男は直接夫に連絡しました。
夫は参列できて、嬉しそうでした。(よく見てないけど)
よかったね。
でも気を付けないとね…将来夫の症状がもっと進んでしまった時、
次男だけが夫の世話を任される、なんてことにならないように、
覚えておかなければと思います。
『埋葬』しないと
好きだった夫のことはもうあきらめなければならない。
あの人はもう死んだんだ。二度と戻ってこないんだ。
それなら、埋葬しなければならない。
そう思って、私は、家の片付けをすることにしました。
夫が帰ってくる日のために残して置いた部屋も、取っておいたものも、ぜーんぶ捨てて、
あの人はもう死んだものだと思おう。
断捨離じゃー!であえであえー!
とばかりに、押し入れに詰め込んであった古い本を段ボールに詰め、
6箱も古本屋に売りました。
夫の部屋にあったものを段ボールに詰め、
押し入れにとりあえず詰め込みました。
夫の部屋と私の部屋のベニヤの仕切りを取っ払って広くし、
結婚以来24年も(!)使ってきたマットレスを捨て、
家じゅうの不用品だのなんだのもぜーーーんぶ捨てて、
ニトリで新しいマットレスを買いました。しかもダブル!広ーい!イエー!!
広々とした部屋で、今、
のびのびと暮らしています。
設定としては、夫が遺してくれた遺産を使って家庭を維持しながら、
子供たちが独り立ちするまでの間、本業や副業を頑張っているシングルマザー
です。
罪悪感はまだあるけれど(あんまり生活が快適なので)
まあ、夫の協力を(金銭以外は)一切受けずに夫の子供を頑張って育てているし。
お友達が言ってくれた言葉ですが、
『家のことも子供のことも犬のことも一切何にもしないで、
趣味をやり、気心の知れた実家で暮らしながら、
自分の治療に専念できているんだから、
夫さんは気の毒じゃない。むしろずいぶん優遇されてるんじゃない?』
そう言われると、そうかもしれない。そうだといいな。
(ちなみに夫から義父に渡している生活費は30,000円です。
ちょっと安いんじゃないかと私は思うのですが、義父が受け取らないそうで…)
三年後の離婚に向けて、収入を増やす模索を始めたいと思います。
現在の夫
話はちょっと前後します。
断捨離しようとしたとき、夫の荷物を義実家に送りたいと言ったのですが、
「夫を刺激するからやめてほしい」と義父に言われました。
そして、夫を排除しようとするのは当然だけれど、
どうか、あまりあからさまにしないでほしいと。
そのことを言われた時はショックでした。
私が夫を『埋葬』し、子供たちと先に進んでいくということが、
夫の意欲を削ぐってこと?
夫はまだ泥沼に浸かっているから、
私にもまだ、泥沼から外に行かないでほしい。
少なくとも、泥沼のほとりで夫を待っているという姿勢を見せ続けてほしい、
期待を完全につぶしてしまわないでほしい。
ということ?
私、そこまで付き合わなきゃダメなの?
泥沼にいたいのは夫でしょ。
外に出られる足も体力もあるのに、
出るぞ!って覚悟すれば出られるのに。※
私が手を引いてあげないと、立ち上がる気にもなれないってこと?
そしたらいつか、私が離婚を切り出すときに、
「離婚するならまたお酒を飲むぞ」なんて
言われかねないってこと?

夫はまだ、家に帰りたいと思っているそうです。
アルコール依存の専門病院に行き始め、治療を始めているそうですが、
その理由は「そうしないと奥さんが許してくれないから」。
「いつか家に帰れるって思えていないと、治療をする意欲がわかない」と
私に伝えてきたこともありました。
そして、今もまだたまに、泥酔して帰ってきたりしているそうです。
飲んでしまう理由は、
「奥さんが家計一切を取り仕切っていて、自分で自由に使えるお金がない。
洋服も買ってもらえない。穴の開いたシャツやパンツをはかざるをえない。
それが苦しくて、飲んでしまった」
義父からそれを聞いたとき、「いくら何でもそれはひどすぎる」と思いました。
こないだ、
義母が義父の悪口を言う、
「いじめられている自分はお酒を飲んでも仕方がない」という
状況を作るために、現実を捻じ曲げて、周囲に吹聴してしまう
と書きました。
それを同じことを、夫もしていたということです。
穴の開いたシャツやパンツを着ていたのは事実ですが、
私が買った新品のシャツが二袋も部屋から出てきましたし、
穴が空いた下着を見るたびに、私は「捨てなよ…」と言っていたけれど、
「着心地が良いから」と言って着続けていたのは夫です。
全部自分で選んでいたのに、
それを私のせいにして、
お酒を飲み続ける理由にするなんて。
でもこういうことがあると、私も揺らぐんです。
事実を証明できるのが、私の記憶にしかないからです。
「私の記憶とは違うけど、現実にはそうだったんだろうか?
私はそんなに、それほどに、ひどい妻だったんだろうか?」
義母がしていたように、夫のタンスを開けて、中を整理してあげるべきだったんだろうか?
それが『正しい妻』というものだったんだろうか?
罪悪感が湧いてくる。
夫をいじめていたくせに、夫を見捨てるのは悪いことなのではと。
ここで役に立つのが、公的機関へ相談していたことの記録です。

公的機関に相談しておくと、
開示請求という手続きをして、若干のお金を払えば、
記録を公的な文書として準備してもらえます。
私の場合は、コピー代80円でした。もっととってもええんやで!!
2021年に夫と一緒にアルコール相談窓口に行った記録から、
私がしばらく家族の勉強会に通った記録、
再飲酒が発覚してから泣きながら相談してきたことの記録が、
8ページにわたって(市長の押印付きで)私の手元にあります。
ものすごい安心感です。
ここには、私が、夫を見捨てずに奮闘してきたことが書いてある。
そして、もう無理だ、と思うに至った経緯も書いてあります。
今は私の立場を守るための大きな武器になっていますし(まだ振るってはいませんが)
三年後、夫と離婚するときに、きっとすごく役に立ってくれると思います。
お酒さえ飲まなければいい人、という呪い
アルコール依存症は、誰でもなる可能性がある病気です。
回復には、周囲の協力が不可欠だそうです。
『だらしない夫だと思っていたら依存症でした』という本でも、
最後には再構築の道を選んでいました。
アルコール依存から回復した人は、一様に、
「家族の支えがあったから回復できた」
「家族がいなかったら、やけになって死ぬまで飲んでいたと思う」
と言います。
本人にとってはそうでしょう。
夫もそう、望んでいるんでしょう。
私が夫の回復を信じて、 前みたいに、
「一緒に頑張ろう」と伝えて、 支える姿勢を見せることを。
私には、もうそこまでの力が残っていません。
前回は、『いつかまたあの夫に会えるんだ』と希望があったから、
『一緒に頑張ろう』と言えたんです。
でもその希望はもうありません。
見切りをつけて、お墓に埋めてしまいました。
『お酒さえ飲まなければいい人』という言葉は、呪いになります。
『いい人を見捨てるのは悪いこと』だと思ってしまうからです。
私は、
『お酒をやめさえすれば変われるとわかっているのに、
家族を巻き込むこともなくなるとわかっているのに、
それでも飲み続けることを選んでいる人』
と捉えるようになり、
ようやく、罪悪感から少し抜け出しました。
同じ状況にいる人に、届くといいなと思います。
アドラー心理学で、「課題の分離」という概念を知りました。
夫の依存症は、夫の課題です。
私は今まで、夫を支える選択をしてきました。それは、私が選んだ課題です。
今まではそうだった。でも、これからも、そうして生き続けたいんだろうか。
どんなに考えても、答えはNOです。
子供の受験って人生に何度もあることじゃないのに、
それを心から応援できない人とは、もう一緒に頑張れません。
たぶんこれが、私の逆鱗だったんだと思います。
※を付けた部分にある、
「出るぞ!って覚悟すれば出られるのに」という意見は、
依存症の人には酷な言い分だということはわかっています。
でももう私は、夫を引っ張って、泥沼から出させてあげることはしません。
いつまでも泥沼から見えるところにとどまり続けることもしません。
夫には、私とは関係ないところで、自分の力で回復して、
できれば幸せに暮らしていってほしいな、と思います。
これから私は、自分と子供が幸せに生きていくために、
少しずつ前に進んでいこうと思います。
子供がみんな就職したら、
キャンピングカーを買って
日本一周するんだ!

ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました!





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