夫を家から追い出した話――アルコール依存症の夫と私④コインランドリーに行った夜

家族の話

2025年の12月頃になると、もう、夫と話をすること自体が、
それほどなくなっていました。

仕事で遅くなるので晩ご飯を食べてしまいます、と
LINEで連絡がくると、
ほぼ100%の割合で、ほろ酔い状態で帰ってきていました。

その頻度はどんどん増えて、
11月の半ばくらいには2週間に1回くらいだったのが、
年末には週に3日くらいになっていました。

私はとにかく、次男にばれてしまうことと、飲酒運転が心配でたまりませんでした。
飲酒運転については本人に何度か聞いたことがあるんですが、
バイクは押して帰ってきていると言われてしまうと、
そうなんだ…と言うしかありません。

この記事は前回の続きです

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コインランドリーに行くことになった経緯

2026年を迎えてからすぐ、飲酒運転したのではないかという疑惑があったのですが、
長くなるのでここでは割愛します。

それでもうすっかり不信感を抱いてしまっていた私、
発覚当初は「受験が終わったら『話し合いをしよう』」と言ったけど、
もう『話し合い』で済む段階は過ぎた。
受験二日目に次男が出かけたら、そのまま離婚届を取りに行こうと思っていました。

今すぐ離婚は無理でも、とりあえず書くだけは書いてもらおう。
いつでも出せるように職場の金庫に入れさせてもらおう。
三年経って、次男が高校を卒業したら、もう、私の妻としての義務は
果たしたと言えるんじゃないか。
大学生になったら一人暮らしもできるわけだし、
そのころには娘も長男もおそらく就職しているだろうし、
次男の生活費くらいなら、私にも何とかなる。

そんなことばかり考える日々でした。

洗濯機が壊れてしまった

でもほんと、飲んでいないときには親切で『いい人』なんです。

1月13日に、うちの洗濯機が壊れまして。
5人家族なので、1日洗濯できないだけで大問題です。
おまけに私の仕事が忙しくなる時期。
14日はどうしても私、都内まで出勤しなければならない約束があって、
帰ってきてからご飯作ってコインランドリー行くのか…と途方に暮れそうになっていたところ、
夫が、『じゃあ俺が在宅にするから。空いてる時間にコインランドリーに持っていくよ』と
申し出てくれたんです。

めちゃくちゃありがたい。

このイラストを選んでおいてなんですが、水漏れしたわけではないです

14日の朝、夫は『いったん出勤してPC持って帰ってくる』と言って、
朝早く家を出ました。

私はキッチンのよく見える場所に、車の鍵とコインランドリーの代金を置いて、
都内に出勤しました。

夫はPCをもって帰ってくる電車の中で飲んだらしくて、
べろんべろんの状態で帰ってきた…よう…です。

在宅とはいえ仕事…ですよね?

10時半ごろに「やっと帰れた」とLINEが来たのですが、
そのあとのLINEがほんとに意味不明。

爺の発言は無視、なー

みたいなことが書いてあるんですよ。突拍子もなさすぎるでしょ。
しかもそれを家族LINEに入れるという見境のなさ。

読んだとき、ゾッとしました。

これ飲んでる。絶対飲んでる。

在宅勤務にすると言ってPC持って帰ってきて飲んでるってことは、
仕事中ってわかっていてお酒飲んでるってこと?

飲酒運転のハードルも(おそらく)なくなってしまっているうえ、
仕事中は飲まないというハードルすらなくなっているんだろうか?

在宅勤務とはいえ仕事は仕事です。
以前の夫なら、絶対に、お酒飲みながら仕事するなんてしなかったはず。

もう生きた心地がしませんでした。
車の鍵おいてきちゃった。コインランドリーに持って行ってたらどうしよう。
車に乗っちゃってたらどうしたらいいの?
万一事故を起こして、誰かを轢いたりしたら?

本当に運が良いことに、その日、娘が軽い風邪ひいて休んでいたのです。
少しして、娘からLINEが来ました。

父ちゃんフラフラなんだけど、
運転させて大丈夫かな?

天の助けだと思いました。
良かった、まだ行ってなかったんだ…!

本当に、娘がいてくれて助かりました。
車の鍵を隠してくれるように頼み、
それ以上のことはしなくていい、父ちゃんと話もしなくていい、
なるべく近づかないようにしてね、と念を押して、
私はそのまま義妹に連絡しました。

義妹には、2021年の時に状況を共有して、
いろいろと相談にのってもらっていたので、
8月以降夫が再飲酒をしてしまっていることの共有と、
受験が終わるまでの間だけでも助けてほしいから、
義父に連絡をしても良いだろうか、ということの相談をしました。

義母にもアルコールの問題があって。

というのは、義母にもアルコールの問題があるんです。

義母もほんとに…ほんとに…天使のようにいい人なんですよ…
義母はキッチンドリンカーというんですかね、
晩ご飯作りながらお酒を飲んでしまい、かなりの割合で床に倒れて寝てしまう。

それから義母は、ことあるごとに義父の悪口を言います。飲んでても、素面でも。
私、初めは、お義父さんってなんてひどい昭和の男なんだろうか、と思っていました。

でもそうじゃなかったんですよね。
アルコール依存症の恐ろしいところはここだと思います。

自分が飲み続けるためなら、
現実を都合のいい形に変えてしまう。
そしてそれを、周りに吹聴する。

自分はこんなに可哀そうなんだ、
義父にこんなにいじめられてるんだ、
だから飲んでも仕方がないんだ、って。

助けてください、と言いました

なので、夫のアルコールの問題が、義母を刺激してしまうことはわかっていました。
夫を連れて行ったら、義母がなんていうだろう。
もしかして、義母の問題が悪化してしまうかも。
でももう、他に方法がない。

私は義父に電話をして、
次男の受験が終わるまでの間だけでもいいから、
どうか夫を引き取ってください、とお願いしました。

義父は驚いていました。
私が反省してるのはこの点です。
私は8月からこっち、保健センターには頻繁に電話をして話を聞いてもらっていましたが、
義父や義妹には、話していなかったんです。
話しておくべきでした。段階的にひどくなっているということをちょっとずつでも伝えていたら、
もっと早く有効な手段が取れていただろうに。

でもまあ、手遅れになる前に間に合いました。
義父は「今日?これから?今すぐじゃなきゃダメ?」という感じでしたが、
私は今までの経験から、夫が泥酔して問題行動を起こし、酔いがある程度醒めたタイミングが
唯一の機会だとわかっていました。

(泥酔している間は話が通じないですし、
酔いが醒めてしばらくすると忘れてしまうので)

私が重ねて頼むと、義父は「わかった、連れておいで」と言ってくれました。

子供たちが成長していた

私が家に帰ると、夫はいませんでした。
私が帰る前にコインランドリーに持っていかねばまずい、と思ったみたいです。
でも車の鍵がなかったので、自転車で、二回に分けて、運んでいったようです。

帰るとすぐに長男が出てきて、
「父ちゃんなんか、ドタバタしてたけど…なんかあった?」
と心配だった様子。

「たぶん飲んでるんだよね。今コインランドリーにいるみたいだから、
話してくる」

そういうと、長男は、「父ちゃんが万一また暴れたら大変だから、
俺も一緒に行ってやるよ」と言って、
一緒に来てくれました。

長男はもはやそびえるような大男です。
いやほんとに、身長は180cm近くあり、体重も夫より多いんです。
長男が一緒に来てくれたことで、私もだいぶ落ち付きました。
それまでずっと、私が対決しないと、私が子供を守らないと、と思っていましたが、
2021年と違って、子供たちはもうずいぶん大きくなってて。
万一夫が暴れても取り押さえられる子がいて、私の味方になってくれる。
なんてありがたいんだろう、と思いました。

車でコインランドリーに行き、
夫と一緒に、車の中で話をしました。
(長男は、夫が落ち着いているのを見て、
夫が乗ってきた自転車に乗って帰ってくれました)

夫は正気に戻っていましたが、
酔いが若干残っていることは明らかでした。

私が『のんだよね?』と聞くと、

夫は『ごめんなさい』と言いました。

私『仕事は大丈夫だったの?』
夫『あんまり…できてない。ほとんどずっと、寝ちゃって…
ほんと、ごめんなさい…』

私は、『謝ってほしいわけじゃないんだよ』と言いました。
『それが病気のせいだということは、わかっているよ』
『でも私は、受験生の環境を守るということを、優先しないといけない』
『だから受験が終わるまで、実家に帰っていてほしい』
『お義父さんにはもう許可をもらったから、今日これから一緒に行きましょう』
と、努めて冷静に話しました。

夫は、
『送ってもらうのは悪いから、罰として、自分で歩いていくよ』と言いましたが、
荷物もあるし、罰を与えたいわけじゃないんだからと言って、いったん家に帰り、荷物をまとめ、
夫の使うソーダストリームやらコーヒーメーカーやら、
思いつくもの全部車に乗せて、
その日のうちに、半ば無理やり、義実家まで送っていきました。

夫はずっとしょんぼりしていました。
ただ、『あなたがそうするのは当然のことです』と言いました。

私はすごくラッキーなのだと思います。
連れておいでと言ってくれる義父がいることも、
我慢しないでいいよと言ってくれる義妹がいることも、
当の本人が、『当然です』と受け入れる人だったことも。

 

その日の私は、受験が終わったら夫にはまた戻ってきていい、というつもりでした。
受験が終わる日に離婚届をもらってきて書いてもらおう、
そして三年後に出そう、という考えには変わりがありませんでしたが、
少なくともあと三年は、一緒に住むつもりで。
別居は一か月限定だと思っていました。

離れて数日はすごく体が軽くて。
次男にいつ発覚してしまうかとひやひやする日々が終わり、
またいつ泥酔した夫が帰ってくるか、飲酒運転するんじゃないかとドキドキしなくてよくなり、
ストレスから解放されて、「あーせいせいした」という感じでした。

(次男には、父ちゃんは仕事の関係でおばあちゃん家に帰ってる、という苦しい説明をしました)

でもその数日後、私が、体調不良に襲われることになったのです…

続きです↓

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