いつも心に親分を

女性の海賊の画像 家族の話

私は母親として、かなりのポンコツであるという自覚があります。

 

…でもさ、母親ほど多種多様な能力を求められる存在もないのではと思うのです。家族のメンタルケアもスケジュール管理も家のメンテナンス能力もだし、家具は組み立てるし、家族の健康に関するあれこれも料理スキルも栄養の知識も、PTAやママ友さんとの社交もやって、子供の発達段階に合わせた対応方法も、お金についても知っといた方がいいし、家計のために仕事もやって…って、

一人でこれ全部完璧にやるの無理…なんじゃ…ない…?

ということに最近薄々気がつき始めました。

私は母親としてあれも足りないこれも足りないと落ち込む日々を過ごしてきたわけですが、

そもそも「誰からも称えられ褒められる母親」なんて人間には無理なのでは?

そもそも無理なことなのに自分はダメだ…なんて落ち込んでいても意味がないのでは?

 

でも難しいところは、無理だからといって全て放棄するわけにはいかないという点なんです。子供がいる以上、ご飯は食べさせないといけないし、せめて人間らしい生活は送らせないといけないし、助けを求められたら最大限の努力はしないとだし、最低限の躾はしないわけにはいかないし。家事を全部外注できる予算はないわけだし。ミールキットとか気になりますけれど、あれっておそらく量が足りなくない?(うちが食べ過ぎなだけ?)生活する以上洗濯もしないわけにはいかないし、掃除もたまにはしないわけにはいかない。やりたくないことや苦手なことを放棄してやりたいことだけやっていたら、生活が破綻するのは目に見えている。

だから「よりよく生きよう」とする意欲自体は持ち続ける必要がある。しかし意欲の持ち方を間違えると「どうして私ってこんなにダメなんだろう…」なんて自己嫌悪に陥ってしまう。じゃあ一体どうすればいいんだろう?

そこで最近、心の中に親分を飼うことにしました。

シルエットACで見つけました。なんでもありますね!
いらすとやにもありました。

親分はおそらく女性で、山賊とか海賊とか空賊とか野盗の一味とかを束ねる立場にいると思います。で、荒くれ者たちを日々相手にしているのでとても寛容です。
大事なのは親分が、私を含めた子分たちを慈しんでいることで。例えば私が用意できたご飯がカップ麺だったとしても「おっ今日はカップ麺か!あったかくていいよな、そうだな今日は大変だったもんな!」って言ってくれますが、緑黄色野菜を準備するとことのほか喜んで「いい判断だ、ビタミンミネラル食物繊維は取っといて損はねーからな!」って笑ってくれる。おやびーん、今日はチャーハンにしちまいましたが、冷凍のほうれん草を入れやしたぜ…!いいじゃねーかほうれん草は冷凍しても栄養価が変わらないどころかちょっと増えたりするって説もあるくれえだからな!!…おやびん!!

 

そういうわけでうちのタオルには穴が開いていたりするのですが、(接続詞はこれで合っていますか)

タオルってどれくらいの頻度で替えるものなんですか…?

親分に聞いてもわからない。やはり私から生み出された存在には限界がある…。そりゃそう…。

いやね、私の親分はタオルに穴が空いていようと「拭けりゃいーんだよ拭けりゃ!!」って言ってくれるんですけど、親分に甘えてばかりもいられないことがあって。 

次男が部活で間違えて持って帰ってきてしまったお友達のスポーツタオルがあまりにもふかふかで新品同様でめちゃくちゃいいにおいがして動揺したのです。男子のだよ?

タオルって、どれくらいの頻度で替えるものなんですか?
お友達のタオルはたまたま新品同様だっただけですか?
新品同様の輝きが失せたら替えるべきなんですか…?

お友達が間違えて持って行ってしまったとしても恥ずかしくないレベルは保つべきですか?

なんかこういう日常に関する指標みたいなのってどこで身につけるべきスキルだったんでしょうか。おばさまになると風水にハマる人が増えるのはもしかしてこういう、体系立った指針が欲しくなるってことかしら…!?

とりあえず穴の空いたタオルは処分しようと思って。ちょっとした汚れを拭うのに使おうと思って、家中の穴あきタオルを集めてちょきちょき切ってぼろ布にしたらこんもりとした山になりました。こんなに穴の空いたタオルがあっただなんて…。
半年ごとに「タオル買う」リマインダーセットしておこうかな…。

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